Read Article

「死にたいままでいきています。/咲セリ」ーそんなあなたでも、生きてていいんだよー

「死にたいままでいきています。/咲セリ」ーそんなあなたでも、生きてていいんだよー

心の病を患う人が増え続けている現代。生きる意味さえ見失い、死にたい気持ちを抱えている人も少なくないでしょう。

そんな人たちにぜひ読んでほしい1冊の本。咲セリさんの「死にたいままで生きています。」をご紹介します。

自分の存在を肯定できない苦しみ

心の病を発症するに至った原因に挙げられるもののひとつとして、幼少期からの体験があります。親に虐待を受けたとか、そこまでいかずとも、うまく愛情をもらえなかったとか。本来、いちばん愛情をもらいたいはずの親との関係がうまくいかなかったことが、その後の精神状態に大きな影響を及ぼすというのは、誰もが容易に想像がつくのではないでしょうか。

この本の著者である咲セリさんも、そんな一人。

2015-06-08 20.26.51

 

アルコール依存で罵声を浴びせる父、かばってくれない母親、自分より愛されている弟。そんな家庭で育ったセリさんの思考は、徐々に歪んでいきます。

「私はなんで生きているんだろう……」

漠然とそう思うようになった。

誰にも愛されていないのに。必要とされていないのに。

「私なんて、死んだほうがいいんだろうな……」

 

自己肯定感を持てなくなったセリさんは、自傷・OD(オーバードーズ・薬物の過量服用)をするようになるなど、心を病んでいったのです。

 

セリさんの苦しみは、私には想像がつきません。けれど、ほんの少しだけ、近いものを感じました。

私の家庭は、普通の、どこにでもあるような家庭でした。父は怒鳴って怒ることもあったけれど、自分のことを否定されたことはありません。それでも私は、うまく親にこころを開けなかったことがありました。「いい子」でいようとし続けた結果、本音を話すことができなくなって、こころが苦しくなってしまったのです。今ではわりと何でも、話せるようになりましたが。

大好きな親に気持ちを理解してもらえないって、子供にとっては致命的な傷になります。そんな傷を負ってしまったセリさん、読み進める前にどんな苦しみが書いてあるのかと思うと、私もこころがえぐられるようでした。

 

 

襲いかかる試練の中で支えとなったもの

その後、セリさんには次々と試練がやってきます。高校でのいじめ、それをきっかけとした強迫性障害の出現(顔をしつこいほど洗う)、お金欲しさ(クラスメイトから指摘されたニキビを治すため)に始めた援助交際から始まる性依存。さらに、可愛がっていた猫の死による喪失からくるうつ病。さらには、境界性パーソナリティ障害。

 

そんなセリさんを支えたのは、10代で出会った彼の存在。けれど、出会ってすぐに精神状態が安定したわけではありません。「好きだよ」の言葉も信じることができず、泣きわめいたり殴りかかったり。それでも彼は、ずっとそばにいてくれたというのです。

そんなあるとき、セリさんは「死ね」という幻聴にかられて家を出て行ってしまいます。けれど運良く助けられて、家に戻ることができました。そんなセリさんに彼がのちにかけたという言葉。

「死にたいセリを無理やり生かすことは、俺のエゴじゃないかと思っていたけど、それでも、生きて戻ってきてくれたことが、どうしようもなく嬉しかった……」

 

私もかつて一度だけ、自殺未遂をしたことがあります。夜中に大量に睡眠薬を飲んで、夫が呼んだ救急車で病院へ運ばれました。夫がすぐに気がついてくれたおかげで、救急室で迅速な処置を受けた結果、運良く助かることができました。

このセリさんの彼の言葉を読んで、もしかしたら私の夫もこんな気持ちだったのかもしれない…と感じました。大事な人が自ら命を絶とうとして、それを助けようとする想い。あのときの夫の苦しみは、私には想像するしかできません。

死にたいほどの苦しみを抱えている大事な人。反対に、大切な人にはいなくなってほしくないという葛藤。

この言葉を聞いてセリさんは、「こんなにも愛されている」と気付くことができたそうです。私がそれに気付いたのはいつだったかな。夫が一緒にいる中で繰り返し伝えてくれて、徐々に実感していったように思います。

 

セリさんは、それまでの間に家族との不仲も少しずつ改善させることができました。それは、いろいろな要因があってのことだったようですが、彼の支えに加えて、小さい頃から愛されたいと願っていた人に受け入れられたことは、とても大きかったんじゃないでしょうか。

 

 

メンタルクリニック難民

私は心の病気なんじゃないか、そう考えたセリさんは、幾つかのメンタルクリニックを訪れます。しかし、なかなか信頼できる医師に出会うことができず、医師不信に陥ってしまいます。これは、きっと他の人にも当てはまることではないでしょうか。

うつ病の増加を受けてか、精神科病院の入院ベッド数は減少傾向にあるのに、クリニックや診療所の外来は増えているという現実。真摯に診察をしてくれる医師ももちろんいますが、そうでない医師もいるのです。悲しいことに。

 

セリさんが快方に向かうことができたもう一つの要因は、信頼できる医師に最終的に出会えたことでしょう。

 

「薬だけで治すことはできません。これから少しずつ『愛情』をもらって、『治る』のではなく、『成長』していきましょう」

 

そんな医師の言葉にセリさんは、目からうろこが落ちたような思いだったと言います。

こんな声かけをできる医師が、今どのくらいいるのでしょうか。薬の処方だけでなく、ほんとうに患者さんの心を救うことができる働きかけをできる医師に会うことがなぜ、こんなにも難しいのでしょうか。

いい医師に出会うことができれば、救われる精神科患者はたくさんいるのかもしれません。

 

 

「ふつう」じゃなきゃダメなの?

誰もが口にするであろう、「ふつう」という言葉。「ふつうに卒業してさぁ、ふつうに就職して、ふつうに家庭を持って…」そんなふうに生きることが当然のことだと、誰が決めたのでしょうか。

 

この本で、セリさんがあとがきに書いた言葉。

だけど、「ふつう」とは、いったい何なのでしょう。

健康なこと?

足並みそろえて社会生活を送れること?

誰とでも難なくつきあえること?

それは、「本当にどうしても手に入れなくてはならないもの」なのでしょうか。

 

私もそう思います。私も、うつ病によって、「ふつう」と言われる道からは外れて生きてきました。でも、それでも生きてるし、今はじゅうぶん幸せだと思ってます。人と比べなくても、自分ができていることをひとつずつ認めてあげればいい。生きている自分、そのままを。

誰もが手にしているものが手に入らなくったって、自分なりの幸せはそこにちゃんと、存在しているんです。

 

 

 

「死にたい」という気持ちは、持たないほうが幸せかもしれません。でも、そんな気持ちを抱えているからといって、生きていてはいけないわけではない。

むしろ、そんな気持ちがあったって、生きてていいんです。落ち込むことがあったって、死にたい気持ちが捨てられなくたって。それでもそこに自分が「生きている」という事実を、最大限褒めてあげればいい。今のそのまんまで、生きていていいのです。

そんな当たり前のような、でも見落としがちな大事なことを、改めて教えてもらった本でした。今苦しんでいる人やそのまわりの人に、ぜひ読んでほしいと思います。

 

URL :
TRACKBACK URL :

コメントを残す

Facebookでコメント

Return Top